令和2年7月1日ー9月末日

令和2年7月1日

 

朝3時に起きてしまった。暗いうちに、ルーフバルコニーの植物たちに語りかける。きっと本物の地面に近いうちに植えてあげるから、ちょっと待ってと約束する。

猫たち、植物たちの幸せを第一に考えないと。

雨がひどくならないうちに、戸塚へ出発。

風が強くて、原付バイクがひっくり返りそう。

あきる野の庭が広い家を申し込みしたかったけれど、水曜なので明日にならないとダメとのこと。

ああ、他に人がいないといい。


令和2年7月2日 木曜

 

朝、一番の連絡がすでに誰かが先に申し込んだとのこと。やはり、yahoo不動産に掲載されている物件はクズ。そこに載せる前の新鮮な情報が欲しい。

ポテトサラダ:じゃがいも、インゲン、人参、帆立貝、チーズ、玉子、玉ねぎ

あとりんごが欲しいけれど、今日は買い物に行かない。

天気によっては、不動産屋へ行ってもいい。

多摩湖のそばがいい。

令和2年7月3日 金曜

 

私の記憶が間違っていなければ、この日、数時間かかって見に行って、も仕込みしたのだと思う。


令和2年7月4日 土曜

 

ここのところ、疲れすぎて、毎日日記を書かないから、どんどん忘れてしまう。


令和2年7月5日 日曜

 

教会のバザーでは、まゆみさんのもの、たくさん売っていただき、ありがたいこと。もっと持って来ればよかった。私が自分の判断でゴミに出したことが悔やまれる。神様のところへ持って行けば、喜ばれる。売ったお金で気の毒な方のお役に立てる。礼拝の後、そのまま四ツ谷へ。

新都心マンションの廊下で転倒して、左膝の半月版を激しく打った。立てないくらいで、階段を降りられない。
早く寝た。明日のダンスのレッスンできるだろうか。

痛くても上手に踊ってしまうのがプロなので、あとですごく痛くなるからそれがまずいこと。


令和2年7月6日 月曜

 

3時に起きて、2時間かかって朝ごはんを食べる。

11時にフラワーが来て、まゆみさんの絵画の話。承諾してくださって嬉しい。

四谷三丁目の例のレーメン屋さんへ。

新宿御苑のマイレッスンスタジオは、床が硬く、身体が痛い。3時間いただけでボロボロになってしまった。もうあそこへは行かれない。柔らかいいい床で踊っていたから、そういうの耐えられない。

大地くんと、ゆかさん。『ジャズダンス誰が踊りをつなげたか』を読んでから来て来れた人たちなので、しっかりとした考えを持って踊っている。
大地くんとしんみち通りの中華、じゃん太閤へ。

久しぶりの味。緑の自転車は大地くんが千葉まで乗って帰った。


令和2年7月7日 火曜

 

子供の頃は七夕というと、それこそ一大イベントだったのに、今日が七夕だということに今、初めて気づいた。

大京町のWiFiOCNを解約した。2年契約の途中なので、違約金として¥11,000を一括払いと言われた。
プロバイダー会社はその部分で儲けている。もうOCN使う人少なくなるだろう。
今時、2年の縛りがあるのは、問題だと思う。
引越しはSSSというところで¥43000。

電気は問題なくできた。ガスは立会しないといけないから面倒。今後はプロパンガスになる。わー、初めて。そういうのって田舎の人が使うものだと思っていたけれど都内でそういう家あるんだ。
水道は区役所四ツ谷出張所の3階だから問題なし。
明日は不動産屋が休みで契約ができないから、明後日になる。表札注文しようっと。あ、でも、玄関の壁、よく見てからの方がいい。

 



令和2年7月8日 水曜

 

雨大丈夫かなと心配しながら、ふうばからお借りした大きなスーツケースとキャリーバッグを渋谷に運ぶ。

まゆみさんの写真類、本当に多い。

もう選びながら整理する時間がないから、床のアルバム類を6個の宅配にして送る。

和ちゃんの玄関に電化製品(掃除機やTVなど)を届けて、見事全部終わった。

鍵を三雲先生に送り、私のこの一ヶ月の闘いは終わった。

途中雨が降り出したけど、大した雨ではない。

セルフの給油所へ行ったら、やり方がわからなくて、結局、3名の人にお手伝いしていただいた。夜中だったのにみんな親切。これなら、給油スタッフ1名に給油していただく方が簡単。昼間、スタッフがいるところで給油しないと。
ふうばの家へ着いたら、12時回っていた。

家にいる日は1日に何度も見るコインチェックを1日中見ないで、夜中に見たら、上がっていた。だけど42入れてどうして36なんだろう。思うに、入れた翌日からすでに下がっていたように思う。細かいデイトレはしない方がいいのかも。


令和2年7月9日 木曜 雨

 

出かけるまでにやめばいい。

立川まで、新しいルートで行こうとしている。立川通りへ出られますように。

あ、雨降りの音がしなくなった。

神様はいつも私の願いを聞いて下さる。

私が青梅街道の近くに来るようにさせたのは、靜さん。私がいつも高尾ばかりへ行くから、小平のお墓にも来なさいというメッセージだと思う。

あそこへ行ったら、ビハリボースのお墓にも行かないと。

こんなにビットコインが上がるなら、数日前に慌てて100万を切った数字で売らなければよかった。1-2日待つその強い心がないと、これはうまく行かない。


令和2年7月10日 金曜 小雨

 

プロパンガス、水道。ふうば宛に芙紗幕子おばさまから、メッセージが来たので、印字して渡したのに、渡したことを忘れるので、今朝と夕方再び読んでもらう。お返事を達筆でチャッチャチャと書いたので、ゆみちゃんの言うように「母はもうメールを書いたり、手紙を読んだりということはできないので、放っておいて下さい」というのはおかしい。

10日前に私のタブレットを使って、ちゃんとカリフォルニアにメールが送れた。

自分の母方の家系が嫌いなのには参った。私は大好き。誇りに思う。

さあ、後1日でどこまでできるのか。

令和2年7月12日 日曜日 

 

朝教会へ行った。話があまりお上手でない牧師の先生が代わりに説教。

こうして考えると、斉藤、浅野、清水、今日の先生のなかで、浅野先生が一番お上手なのは、英語で生活なさったことがあるからだと思う。

自分の考えを伝える能力は外国人の中で生活する環境で培われる。

夜、四ツ谷へ出発。

これが四ツ谷での最後の夜。

手放す決心をした自分に拍手を送りたい。

無駄を省く。

これしか今後を生きる方法はない。

 

 

令和2年7月13日 月曜日 

 

朝一番に岸和田に電話して書類到着を確認。片桐良子は、自分の紹介者akisanに対する義務違反。返金もしなければ、新納さんによる返金補償手続き方法も情報伝達していない。こういうのを詐欺という。私は自分に対して振込だ人全員にとりあえず自分が建て替えて、返金した。片桐良子は、自分が勧誘して入会させて、akisanから資金を受け取っていながら返金しないのは、違法ではないが道徳的には許されない行為だ。

郵便局で郵便物の転送手続き。

大地君が来て、積み込み作業。お昼は、まさかの内モンゴル料理、羊のしゃぶしゃぶ。初めての体験。

雨の中の積み込み作業に思った以上に手間取り、途中、大地くんが嘔吐し、現地で積み下ろしが終わったらすでに11時。そこから四ツ谷へ戻り、火事場の馬鹿力で、家具をほとんど積み終わったら夜中の1時。

少し横のになり、3時半出発、5時半着で戸塚へ。寝たと思ったら、もう引越業者到着。早い。いよんチャン到着。ブリュンヒルデちゃんが恒例のようにお隠れになり、時間のロス。

出発し、途中で買い物をした時に、逃走し、ああ、またやってしまった。

傷だらけになって格闘し、両手、腕、膝を噛みつかれ、牙の後から血が吹き出し、後から見たら、顎も引っかかれていた。顔じゃくてよかった。人間が悪かった。まず、カゴに入れるべきだったのに、それをしなかった人間が悪い。動物はいつだって悪くない。

到着、大地くんお疲れ様、解散。たくさん待たせて悪かった。いよんちゃんとお寿司。立川南口で車返却。

疲れはてて、爆睡。猫達は人間のお母さんと一緒におねんね。長い1日だった。

 

 

令和2年7月14日 火曜日 

 

少し横のになり、3時半出発、朝が明けていくのを見ながら5時半着で戸塚へ。寝たと思ったら、もう引越業者到着。早い。いよんチャン到着。ブリュンヒルデちゃんが恒例のようにお隠れになり、時間のロス。

出発し、途中で買い物をした時に、逃走し、ああ、またやってしまった。

傷だらけになって格闘し、両手、腕、膝を噛みつかれ、牙の後から血が吹き出し、後から見たら、顎も引っかかれていた。顔じゃくてよかった。人間が悪かった。まず、カゴに入れるべきだったのに、それをしなかった人間が悪い。動物はいつだって悪くない。

到着、大地くんお疲れ様、解散。たくさん待たせて悪かった。いよんちゃんとお寿司。立川南口で車返却。

疲れはてて、爆睡。猫達は人間のお母さんと一緒におねんね。長い1日だった。

令和2年7月15日 水曜日

 

四ツ谷の残りの荷物を運ぶため、またdiaqをお願いした。まさか私の方が早く着くとは思っていなかった。なにしろすごい渋滞だった。

ラッシュアワーで雨降り。

これなら倉庫にダマスカスの太鼓を置いて来る時間があったかも。

お陰様で全部空になった。

玄関がすごい状態だけど、まあいい。

布団カバーにお布団を入れた。

これまでさんざん中身なしでカバーだけで寝ていたというのに。

バス路線発見。玉川上水から西武新宿まで410円。これはすごい。私鉄の実力。

令和2年7月14日 火曜日 

 

少し横になり、3時半出発、朝が明けていくのを見ながら5時半着で戸塚へ。寝たと思ったら、もう引越業者到着。早い。いよんチャン到着。ブリュンヒルデちゃんが恒例のようにお隠れになり、時間のロス。

出発し、途中で買い物をした時に、逃走し、ああ、またやってしまった。

傷だらけになって格闘し、両手、腕、膝を噛みつかれ、牙の後から血が吹き出し、後から見たら、顎も引っかかれていた。顔じゃくてよかった。人間が悪かった。まず、カゴに入れるべきだったのに、それをしなかった人間が悪い。動物はいつだって悪くない。

到着、大地くんお疲れ様、解散。たくさん待たせて悪かった。いよんちゃんとお寿司。立川南口で車返却。

疲れはてて、爆睡。猫達は人間のお母さんと一緒におねんね。長い1日だった。

令和2年7月15日 水曜日 

 

四ツ谷へ行って、ニッポンレンタカーから、電動自転車を取って来た。

最後の荷物を運んでもらう。diaqの人の方が私より10分くらい早く出発したのに、私の方が武蔵村山に早く着いてしまった。それは雨のラッシュアワーで渋滞して4輪だったから。こういう時には、原付の方が小回りがきく。

結局、わからなかったのは、青梅街道から、どうやって新青梅街道へ出るかということ。ずっと青梅街道を進んでいたら、東大和駅前に出てしまった。
そのあとがよくわからないまま、ともかく着いてしまった。

研究の余地あり。
紙ゴミの日のようだということが判明。

令和2年7月16日 木曜日 

 

初めてゆっくりした朝を迎えた。

NTTにOCNインターネットの機器を返却するために郵便局へ。

なんだ、大きなスーパーの奥に、いい感じの市場がある。

これからは、いつもそこで買おう。私は大きな資本のスーパーが嫌い。人間的でないから。

家主に連絡をして、事件を報告。

クラシアンが来てくれた。なんということ、板橋の糸数さんをご存知だった。糸数さんには本当にお世話になった。あの方のお陰でダンススタジオがつくれた。感謝している。

この日はプラごみなのだろう。

令和2年7月17日 金曜日

 

インターネットの機器はどこに入っているのだろう。大切だから、どこかへ入れたはずなのに、そのどこかがわからない。

外付けデータがないと仕事ができない。

やはり全部iclouddriveに入れておけばよかった。

これからは、外付けに入れる時代ではないのかも。

外付けはむしろ、補助的なバックアップくらいにして、日々の作業はicloudddriveで行った方がいい。引越しとか旅行とかでも仕事が進められる。

はじめて嬉しいお買い物をした。

クレジットカード使わないで、地元の市場で買う。

とうもろこし売ってるおじさんいい味を出している。これからはなるべくこういうお買い物しよう。洗練されたものが食べたければ、四ツ谷や神楽坂へ行った時に最高のものを買って帰ればいいのだから。 


令和2年7月18日 土曜日

 

戸塚にパソコン関係のものを捜しに行きたいけれど、お天気が。

ダンボールが濡れるから、止んだら出ようと思うけれど、まだだめ。破れた障子のところから、道に降る雨が見えて笑える。

今日から庭作業日誌を開始する。

雨が止んだので、ダンボールを持って戸塚へ。

ラッキー!

捜していたものが見つかった!

外付けドライブと、WiFi機器。

あとはまた明るい時にやりましょう。戻ったら真夜中になってしまった。遅い時は、新しいルートを見つけようなんて思わずに、慣れた道を行くべし。
普段通り最終駅の北台から戻って来たら、難なく着いたのに。

ネコさん達を待たせてかわいそうだった。 


令和2年7月19日 日曜日

 

 

日曜日の午前中は、神様に感謝するという生活が当たり前になっているので、一番近いルーテル教会を捜したら、羽村は、電話が通じない。潰れてしまったのだろうか。
それで一番近い教会へ行ったら、なんとそれは、泉パオロ牧師の教会だった。

原発爆破を津波のせいにするために、核爆弾を三陸沖に埋め込む作業に従事した自衛隊員でただ一人逃げて生き残った人が、駆け込んだ教会。

著書にも、それ系のものがずらり。

教会で聖職者をしているということが、カムフラージュになっているのだろう。

新宿へ行くのに、青梅街道だと2時間、帰りに新青梅で1時間。ビックロでプリンタインキ、ドンキで水遣りホース、神楽坂で水まんじゅうとメゾンドカイゼル。4つの重要な仕事。

予算を考えて、東急ハンズの表札やカフェカーテンはそのうちということにした。


令和2年7月20日 月曜日

 

 万歳、インターネットが通じた!

ソフトバンク、サービスが良くなっている。以前のように1ヶ月も待たせなくなった。もうすぐ、植物ちゃんたちが届く。楽しみ。

 世話が多くなって大変だけど、それがまた楽しいから、いい。世話を焼くのが子供を育てる楽しみ。全員集合というわけではないのがすぐわかる。

 オレンジのいい香りのする子がいない。琵琶ちゃんも。まあいい、次回全員を連れて来ていただこう。


令和2年7月21日 火曜日

 

 朝早起きして、笹を家の横に並べる。

スミレや葡萄を直植えして、あとは、様子を見る。

土が届いたら、竿を買いに行こう。ネットはすでにあるから、面白いことが展開する。

いきなりやらずに、少しづつ。 

水道工事(クラシアン)さんが朝から工事。
今夜からシャワーでなくお風呂に入れる。

ゴミを捨てる場所がいまいちわからない。
青年座へ行くのは来週の月曜日にお返事すればいいことになっているので、それまでに戸塚の段ボール箱や植物の残りを運び終わらないと。そうすればはじめて新しい生活が始まる。今は、疲れて本を読むこともできない。縁側での読書は、フェンスを作り終えてからかしら。あ、つる植物買いに行かないと。庭日誌に書くこといっぱいある。

お買い物に行く前に多摩湖へ行って見る。わずか10分で湖に着いた。すごい!

八百屋のおじさんの弟は、市谷台町の観音ビルの八百屋の焼き芋屋さん。


令和2年7月22日 水曜日

 

 小さな幸せ庭日記

雨だから家にいる。


令和2年7月23日 木曜日

 

 明日に備えてたくさん休息

用意万端。


令和2年7月24日 金曜日

 

 朝から戸塚へ行く。町田から目黒へうまく出られないなんて信じられない。

近道を探したから。

戸塚から多摩センターは小野路といっても、中心の通りを通らない小野路だけれど、多摩センターから町田へ出ようとすると、なぜか、急な勾配の下り坂と、そのあとに広がる江戸時代の番屋の歴史の香りがする道に出る。
どうしてだろう。

藤井家で植物を植木鉢に移し替えたから、これで持って帰れる。雨の中武蔵村山に戻ってから、車に連絡をして荷物の搬送を依頼した。結局、夜中の11時近くに届けられた。ご苦労様です。


令和2年7月25日 土曜日 朝から雨降り かなり強い

 

雨が止みそうもなかったので、レインコートを着て観音八百屋さんへ。
肉屋さんと、パン屋さん。

これが定番になりそう。
お団子屋さんは、あまりに粗雑で田舎臭いので、そのうち巻き寿司を買うくらいで、甘いおやつは、次回東京へ行った時に買えば良い。多分、青年座へ行く時になりそう。

昨日詰めなかったというサンバの衣装類をお持ちいただく。
雨が降っているから植物はその後ということになった。

これまで10数軒の引越しを自分が軽トラを運転してやったが、人が運搬すると、お金はかかるが楽なので、今後はこの様にしよう。海外助っ人がいる時なら、軽トラでもいいけれど、海外からはもう人が入って来られないのだと思う。カラさんは結局、帰国することなしにずっと日本にいるけれど、お金、どうしているのだろう。

箱を一つ二つと開けるごとに、元の生活が蘇る。


令和2年7月26日 日曜日 朝から雨降り かなり強い

 

朝風呂の後、朝ごはんの前に2時間ほど寝てしまった。

なぜか心底疲れていた。

雨の中、泉パウロ先生の教会へ。

何しろ喋りが上手い。
どこで誰に習うとこのようになるのだろうか。

どのような幼少期を送られたのだろうか。

大学での専攻は。その後の歌舞伎町にある大学院大学、これは日本の文科省に認定されているのか。
日本政府批判分析本を出版していて、問題ないのだろうか。

政府から嫌がらせを受けるなどの。

今日は立川へ鍵を取りに行かないといけなかったから、急いで失礼したけれど、来週は、礼拝後に残ってもいいと考えている。
これで合鍵5つあるから、当分は足りる。というか、もう作らない。
お昼ご飯の後、3時過ぎから4時間ほど昼寝をしてしまった。

どうしてこんなに眠いのだろうか。これまでの引越しの疲労が一気に出て来た感じ。

貸別荘生活のようなものだから、気楽に過ごして、健康を取り戻したい。


令和2年7月27日 月曜日

 

ヤクルトさんが来たのを待って、湖へ。
前回は、行って帰って来たので、今度は、左側をぐるっと回ることにした。
徒歩か自転車にしないと、水面は見えないのだと思う。鬱蒼と茂った林伝いに、ぐるりと回った。そうしたら、あら、温泉に到着。

入り口のところで自分で採った野菜を売っているおじいさんと言葉を交わしながら野菜を買う。

こういうことがしたかった。

場所がわかったから、今度は準備をして、入浴しに来よう。
園芸用品を売っている場所もわかった。竹の細い竿を10本仕入れた。藤や葡萄が巻きつきますように。
素晴らしい貸別荘生活。


令和2年7月28日 火曜日

 

青年座へ行った。

取締役制作部長の紫雲幸一さんが、中台祥浩さんがいた時代のプロデュースをやっていた水谷内助義さんをご紹介して下さった。
当時のことをいろいろご存知の方だった。

わかったことは、まゆみさんは、井上病院で祥浩さん(しょうこうさんとも、だいさんとも呼ばれていたみたい)と知り合ったのではない。
下北沢だ。

多分、井上病院の院長さんに連れて行ってもらったに決まっている。まゆみさんがやりそうなことは私にはわかる。

そこで関屋先生に出会った。多分、私が3−4歳の頃。

かずちゃんと私は6歳離れているから、何年にもわたるおつきあいだったのがわかる。

まゆみさんは給与所得者だったから、しょうこうさんにお金と身体の両方を差し出してしまったのだ。ああ!

令和2年7月29日 水曜日

 

そうか、水曜日は市場がお休みの日だった。日曜日はやっているとのこと。

その道をちょっと先まで行ったら、別のお団子屋さんを見つけた。おはぎを買う。こういう田舎のお団子屋さんを見るにつけ、洗練された練り切りを売っている明治通りの吉田屋さんとか、牛込中央通りの6代目さん、新宿通りの坂本屋さんがいかに素晴らしい商品を売っているかがわかる。

私は両方やっているから、実に幸せな人生を送っていると思う。

電気をつけっぱなしで寝てしまい、吸う時間後に起きて、思い直したように電気を消すのは良くない。これが毎晩だから気をつけないと。

令和2年7月30日 木曜日

 

朝、温泉に電話をして、おじいさんが野菜を売っているか確かめてから温泉へ出発。

途中、桜ピンクの胡蝶蘭を買った。お茶の生産をしている農家を見つけた。今度買おう。今は3ヶ月分くらいある。

温泉の手前に精神患者施設があり、そこで、焼きたてのパンを売っていた。火曜と木曜だけ売っているそうだ。
たまたまそういう日にそこを通ったとは、ラッキー。来襲も来よう。

野菜を売る人は、毎日同じではないとのこと。

帰り道に手打ちうどん屋さんを見つけ、生うどんと天ぷらを買った。

新しい道を発見し、市場へ。とうもろこしとお肉を買う。

なんて素晴らしい生活。

三雲先生からご連絡をいただき、明日来るようにとのこと。神様、ありがとうございます。
こうなったらいいなということが毎日のように起きる。全て神様と天国にいるみんなのお陰。

令和2年7月31日 金曜日

 

令和2年8月1日 土曜日

 

三雲事務所へ行き、売却書類に署名捺印する。本来なら不動産屋がやるセレモニーを三雲先生が全て行なっている。宅建何級とかの有資格者でなくても、弁護士だからいいのだろう。

ホンダに行って、オイル交換。本来なら千キロごとにしないといけなかったのに、半年行っていなかったから、6千キロを超えていて、びっくりされてしまった。

まあ、これまで遠くにおりましたから。
ライトの部品が入るから取りに行かないといけないとのこと。

東京へ行ったのに、結局、時計の電池を入れてくるのを忘れてしまった。8月6日にはゴミのことで行くから、その時でいい。急がない。というか、時計、もう足りてる。後2個増えても、どこに置くのという感じ。

令和2年8月2日 日曜日

 

 

朝、泉先生の教会へ。

私の著書をお持ちしてご覧いただく。
思うに、この先生の著書は、非常に政治的だけれど、それがちゃんと聖書の御言葉説明になっていて、反政府著書とかに分類されないのだと思う。

トンデモ本大賞を受賞なさったそうで、素晴らしい。

先生とお話しできてよかった。

ヒカルランドの本の読者と、教会信者の層が必ずしも重なるとも思えない。
終わった後、「ハレルヤ」と言われると、コリアンちっくで非常に気になる。

バンザーイ、植物たちが届いた!

令和2年8月3日 月曜日

 

 

市谷台町の観音ビルのご夫妻は近年亡くなったことを知った。そうだったのか。慰霊祭は、息子さんによって、継続されていることを願う。 大日本帝国に殺された、インテリ階級の青年たちの名誉のために続けないといけない。

まゆみさんのマンションを購入することになったのは、なんだ、笑ってしまう、未来だわ、昨年の牛込柳町のマンションと同じ。あ、そういうことだったのだ。こんな偶然、神様しか作れない。非常に粋なことをなさる。
 陽子さんに振り込み先を尋ねた。

午後、聖名子さんのところに、バレエ・バーが運ばれた。
床を片付けて、またローテーブルを運ぼうかしら。
小さいバーを捜さないと。セラミックのコーヒーフィルター見つけて注文した。