檜原村(ひのはらむら)Village Hinohara in Tokyo


これは旅行ガイドではありません。

檜原村へ旅行をなさる方は、旅行ガイドとして、観光協会(公的なものかどうかは知らない)や、個人旅行者の方々のブログをご参考になさって下さい。その1 その2 その3 その4 その5

このサイトは、両親が東京山手で生まれ、山手線の輪の中から出ないで何十年も生活し、ジャズダンス芸能の業界海外交流と関わって来た私が、心の中で「私の故郷」と決めて、足繁く通った愛すべき「檜原村と自分との対話メモ」です。

これから檜原村観光をしようとしている方を対象としていません。

檜原村観光を予定なさっている旅行者の方は、ここを飛ばして温泉や、や、お豆腐のサイトへいらして下さい。


令和元年9月3日 火曜

 

住んでみようかな、檜原村に。

いや、ジョークじゃなくて、マジ。
牛込柳町のマンション売って。

檜原村へは20年くらい前から行っていたのかも。

最初は、数馬の里に泊まって、数馬の温泉に行った。
ジョーと行ったのだと思う。
その後、猫姫と何度か冒険旅行に。
泊まったところも、毎回違い、ある時など、足を伸ばして、小菅村まで行ってしまったこともあった。

四万平という怪しげなところもあった。
飛び込みで「今夜泊めて下さい」とお願いしたら、
「ちょっとおじいさんに聞いてくる」と奥へ入ったおばあさんに断られて、2−3軒回ったこともある。
茅葺き屋根のお蚕様の部屋に泊まったのは、あれは、兜屋旅館だったか。
お蚕様のお部屋は、天井が低かったけれど、私は、まあ、あれでも大丈夫。
いい経験をした。
原付バイクで。ここからは、人を連れて来たからレンタカー。

フランス人、スイス人、米国人、スカンジナビア人、チャイニーズ、イタリア人、インド人、ブラジル人、オーストラリア人、あと忘れた。いろいろな人を連れて来た。
あきる野市だと、お店がありすぎて、まだ田舎度が足りないから、私は断然檜原村のファンだ。
そこへ住んじゃおうかなという気になるとは、平成の私はまだ考えたことも
なかった。

写真:こむかい山荘の左手の竹藪。すごく高く育っている。


令和元年9月20日 火曜

 

なんだか檜原村の森が私を呼んでいるので、思い立った翌日に、以前、何軒かでお世話になった日本で一番大きな不動産会社に物件売却を打診。

その翌日、不動産会社と物件現地で顔合わせして、半月で物件売却契約で、買い手様と対面。

なんか具体的になって来た。

森が好きなだけじゃ、ダメだから。


令和元年9月25日 水曜

 

檜原村へともかく行ってみる。

高尾から、いつもの慣れた道を行く。
村に入って、左へそのまま行くと、どんどん寒くなって、運転できなくなってきた。そうか、ここへ来る時は、防寒用のジャケットを着ないとダメなんだ。夏服の上にあれやこれや重ね着して、なんとか暖を取る。
スカーフを二枚持って来ればよかった。

それほど遠くないところ、それが南郷というところだとのちに知るのだけれど、こむかい山荘があった。
ネットで、ここのことを散々読んでいたから、ある程度覚悟はできていた。リンク2リンク3
部屋の中で7−8種類の昆虫採集ができただろうけれど、なんのこれしき。
お風呂の脱衣所に、5センチくらいの女郎蜘蛛がこちらを見ていたけれど、きゃーとは言わず、この蜘蛛、かわいそうに、お家の中に閉じ込められてしまって。
どうやって、大自然に返してあげたらいいだろうと考えた。
夜寝ている時に、天井裏でコトコト音がしたけれど、チューという声が聞こえないから、ネズミではなかったみたい。
翌日こむかいさんに言ったら、「ハクビシンじゃないかしら」と言われた。
寝ている時に手の先に触れたひやっとした感じのものは、ヤモリだったようだ。
私はネズミのしっぽか、蛇だったかと思って、飛び上がって起きてしまったけれど、夜中の2時だった。

WiFiが通じないのは参ったなあ。写真:こむかい山荘の庭からの景色。


令和元年9月26日 木曜

 

昨日の夜のしらたきのおかずをチンして出して来たし、お吸い物はお味噌汁じゃなくて、化学調味料たっぷりのインスタントものだったので、口をつけることもできなかった。普通にハムエッグを作るとか、他の人の時に出したような鮭の焼いたのとかにすればいいのに。

村役場へ行って、いろいろお話を伺って、おぼろげにわかって来たことがある。
ここは、本当に忘れ去られた村なのだ。

8つあった小学校が一つになってしまった過疎の村。
人を呼ぼうにもなかなか呼べない理由がわかった。
物件の担当があきる野市の業者。
そこへ行ったら、檜原村に住まないほうがいい理由を十くらい言われて、あきる野市の物件を見せられた。広っ!

土間付きボロ屋。すごい。
この業者に頼むより、檜原村の役場の若い人に宅建免許を取らせた方が。
まあ、いい、こういうものだとわかっただけでも勉強になった。

そのうちというか、春になったらという意味だけど、神戸岩へも行ってみたい。
私は今、右足首が本調子じゃないから、無理なことはできない。

写真:村役場の駐車場にいた大きなカマキリちゃん。威嚇しているつもりだろうけど、かわいすぎて怖くない。


令和元年10月2日 水曜

 

あのおばあちゃんにお電話したら、とてもイライラしていた。
特に、インターネットのことを口にしたら、急に怒り出して、2度目にその話をしたら、いきなり電話を切られた。
反省している。

私のペースは速すぎる。

先月お目にかかってお話をした時のおばあちゃんと全然違う。

他の人も、電話では冷たい感じだったけれど、お会いすると、温かい人間性だとブログに書いていた。電話が苦手なのだろう。私も同じ。
ご主人が青梅の病院に入院しているとおっしゃっていた。
ところが、翌日、大変な事実を知ることになる。

写真:村役場に入る本館と西庁舎の間に位置する。檜原小学校の碑の横。


令和元年10月3日 木曜

 

11月の予約のために電話をかけたら、昨日おばあちゃんの旦那様が亡くなったとのこと。
御愁傷様と、お詫びを申し上げて、電話を切って、四ツ谷の坂本屋からお悔やみのカステラを御霊前に送った。

11月に予約したい旨を書いたお手紙をつけたけれど、心の余裕がないから無理だな。
でも、素泊まりだから、何もしなくていいとも書き添えた。あ、自分でタオルもシーツも枕カバー、布団カバーもなんでも持って行きます、掃除もこちらでしますから、何もしなくていいですという手紙を数日後に再び送ろうと思う。
何も手がかかりません、空いている部屋にただいるだけで結構ですと書かないと、客が来ると、用事が増えると思われたら困る。
増えるのは、お金だけですよ、用事は増えません、おばあちゃん。

写真:昔の檜原街道の関所の門。夜は閉ざしたそうだ。


 

令和元年10月4日 金曜

 

たくさん読んだ中の檜原村こむかい山荘滞在ブログの中に、多分、「おばさん、おじさん、お世話になりました」的なのが一つあったような気がする。
探してみよう。
これだ
2008年のブログ。
この時にはまだご主人、お元気でいらしたのだ。

一度に数十人の人を宿泊させたという最盛期には、お二人がフル回転で頑張っていらしたのだろう。

ご冥福をお祈りいたします。

檜原村の役場の前に立派な侍屋敷、陣屋だったと思う。幕府の人が来た時の宿泊所。でも、昨日、聞き捨てならない檜原ブログを読んだ。

備長炭を生産していた小林家の一室に、お侍さんを女性が歓待する怪しい部屋があったと。

お楽しみを与えますから、年貢を安くして下さいって。

日本ってすぐこれなんだわ。浦賀にペリーが来た時も、差し出したのは女性。昔のコリアなんか毎年チャイナに多数の美女を貢物として差し出さないといけなかったという。女性はそういう使われ方をされて来た。

商品の支払い代金に女性を大勢大陸へ送った、なんとか天皇なんていうのもいたわけだし。

写真:檜原村の役場前の立派なお屋敷。山を持っている地主さんなのだろう。


令和元年10月6日 日曜

 

こむかい山荘さんのお家のワンチャン、誰がお世話しているのだろう。
植物の水やりとか。

あ、かなり気温が低くなっているから、あんまり水はやらないのかしら。
私なんか市ヶ谷の庭、9月10月になってからでも、ホースでたくさんお水撒くけど。今日は雨降ったから、やってないけど。
まあ、木彫り屋さんとか、自分探しの旅の人たちは素泊まりだから、お世話はいらないとしても。
シーツのお洗濯なんかどうしているのだろう。

お洗濯しないで、同じシーツずっと使っているのかしら。
でも、木彫り屋さんは、すでに半年以上ということだから、もしかしたら、自分のシーツや布団カバー、枕カバーを使っているのかもね。だって、素泊まりというよりは、下宿だし。

どんな仏像彫っているのか、見てみたい。売れたとのこと。一体どこで。写真:檜原村の森。人間の形跡が見えない。

 

檜原村の村長さんにお手紙書くのは、このリンクみたい。


令和元年10月8日 火曜

 

 

檜原村の村長さんにこんなお手紙書いた。

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日本ペンクラブの丸子睦美(マリカ)でございます。
檜原村の大ファンで、20年ほど前から通わせていただいております。
最後は先月伺わせていただき、きれいな空気を満喫いたしました。
著書が何冊かございますので、檜原村図書館に寄贈したいと思います。
村役場へ送れば良いのでしょうか。
それとも図書館や中学校の方へお送りすれば良いのでしょうか。
アマゾンkindleでの電子出版物については、寄贈ができない仕組みになっていますが、通常の紙の出版物については、在庫があるものに関しては、寄贈が可能で
す。
舞踊文献(ジャズダンスの歴史に関して)を執筆している人は、日本で私しかいないので、大学の芸術学科の舞踊専攻の教科書や、卒論のときの参考資料になっております。
ジャズダンス以外の出版物は、出版社の依頼により執筆しました。
日本では舞踊文献著者がほとんどいません。
檜原村図書館の片隅に置いていただき、皆様のお役に立てれば幸いです。

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私がもし以上のようなメッセージをを受け取ったら、

「お申し出、ありがとうございます。

以下の住所にご送付していただければ、幸いです。
大切に使わせていただきます。

お心に感謝いたします」

とお返事を書くだろう。


ところが、
檜原村教育委員会 三藤

    ℡042-598-1011(内線506)からのお返事は以下の通りだった。

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丸子 睦美  様

 

 檜原村立図書館への寄贈について村長への手紙をいただきありがとうございます。

貴重な本だと思われますが、檜原村立図書館では、毎年たくさんの方より寄贈の声を

頂いておりますが、基本的にはお断りをいたしております。

檜原村立図書館では、広域的に西多摩地区の他の図書館とも連携をとっており、他地域

 

を含め貴殿の寄贈本の貸し出しの要望等もありませんのでご遠慮申し上げます。

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自分の目を疑った。

どのような人が檜原村の教育を牛耳っているのか、子供達がどのような教育を受けているのか、人々がなぜ、檜原村が嫌で、出て行ってしまい、もう、戻って来ないのか、わかる気がした。

私が村民だったら、こんな返事を書くような職員に貴重な税金で給料を払っているようなところには住みたくないと思うだろう。
こんな人がいても雇い続けている村役場って、一体どういうところだろう。

前回行った時は、可愛い大きなカマキリがいて、いいなと思ったけれど。

次回檜原村へ行ったら、通過するだけにして、温泉は小菅村で入ろうとか、私でさえ思ってしまう。

役場って、顔なのにね、村のね。

多分このような職員のせいで、檜原村へ行こうと思う人の多くが、小菅村や、丹波山村で宿泊して休暇を過ごしてお金を落とすのだろう。


令和元年10月9日 水曜

 

先月の26日に 村役場で紹介されたあきる野の不動産屋がこんなこと言っていたの思い出した。

檜原村の売り物件は、すでに数年人が住んでいない。

誰も買わない。

庭はイノシシにやられて穴だらけになってしまう。

川辺だから、湿気がひどい。(壁がカビだらけだったから、理解できる)

もう一軒の方の家は、災害指定危険区域に建築基準法を無視して無理に建てた家だから、大雨が降ると、山の木が倒れて、家を直撃する可能性がある。
山が深く、日照時間が短いから、雪が降ると、溶けずに氷になって、ツルツルに滑り、道幅が細いから、非常に危険だ。

土砂崩れ防止フェンスを家の裏に自費で立てないと危ないから、引越してから費用がかかる。

お店がない。

都会から来た人には、退屈で我慢ができないだろう。

その点あきる野なら、店もあり活気がある。

檜原村は、寂れるだけの場所だから、不動産価値は低い。

あきる野から、檜原へ見込み客を案内するのは、数千円もらわない限り嫌だ。

檜原村には物件はない。

こんな感じの説明を延々と受けた。

 

うーん、言いたいことわかる。

だから、檜原村は、自分のところの物件をあきる野の業者任せにしないで、自分の役場内の若い人に宅建免許を取らせて、積極的に移住促進しないといけないのは、その日初めて、状況を見た私でさえわかる。

中にいる職員は、どうせ、補助金がもらえるから、頑張る必要なしだと思っているのか、そこまで問題意識がないのか、この問題に、真剣に取り組んでいない。
私が村長なら、あきる野の不動産業者を切って、自分のところの職員に宅建取らせて、働かせるけど。

不動産部門は、村の人口の根本的なところを担っているから、ものすごく大切なんだけど、
それをしないのは、わざと、そうやっているからとしか思えない、何か、もっと深い理由があるのだろう。
よそ者が来たら嫌だとか、迷惑だとか。

人口が減るとその人には一体どのような利益があるのだろう。

私が思うには、人を減らすと、地価も下がるから、底値になったところで、外国人に水源などの大切な土地をどんどん買わせて、自分が途中で抜いて利益を得て、森林も伐採させ、禿山にして、日本の崩壊に協力することで、闇勢力から、利益を得ている利権集団の子飼いの人物がいるのではないかなということ。

今は、法律が変わったから、森の木は切り放題、切った後は、次の木を植えなくてもいい。

山に保水力がなくなるから、コンクリートで固めるけれど、土砂災害が起こりやすくなる。

日本を崩壊させ、人口を6千万人にできたら、XXXに評価してもらい、自分の地位が上がることが約束されているわけだから、それの一貫を担っている人が、村役場の中にいるのかもね。

怖いなー、そんな人がいるなんて。漫画の世界みたい。

油断ならない、この一見牧歌的な風景。

檜原村の自然を守りたいけどね、私だったら。

でも、そういう愛国者は、不要なのだろう。恐ろしいことだわ。


令和元年10月10日 木曜

 

次に檜原村へ行ったらどこへ泊まろうかなと考えている。

観光協会の「泊まる」というところをクリックすると、あれ、へんぼりゲストハウスが出て来ない。

なんでだろう。
観光協会の「遊ぶ」というところのアクセスとか見ていると、ずーっと先へ進んで行くと、今でも檜原村にユースホステルが存在していることになっている。

あそこがなくなったから残念というブログをどこかに見た記憶があるから、多分なくなったのだろう。
あっち側は、反対側だから、あんまり行かないからなあ。

へんぼりゲストハウスに問い合わせてみたら、観光協会の会員さんしか掲載されないんですって。

会員さんかどうかなんか、一般観光客にはどうでもいいことだから、「公の機関」が、村に存在する宿泊施設を全部公平に一律に掲載するような地図があるといいなあ。


令和元年10月11日 金曜

 

初めて檜原村へ行った時に泊まったのが、一馬の里。

そこが気に入ったから、何度か足を運んだ。

母や弟子たちと大晦日を過ごしたこともあった。

観光協会の宿泊施設リストを見ると、そこのリンクがなくなっている。
あれ、どうしたのだろう。
あの急な坂を、私は、原付バイクで降りたのだろうか。

なぜか、その記憶がない。

幸いいつもお天気が良かったから、土砂降りの中や、雪が凍って滑るような時にあの坂を上り下りしなかったから、良かった。
まさか、原付バイクを道路の横に置いたまま宿泊するとも思えないし。斜め前には、数馬の湯がある。HPがしょぼいなあ。

あそこ、良くなったのだろうか。あきる野に宿泊施設付きの温泉施設ができたのは、痛いと思う。

あちらは、規模が大きいし、お店もすごい。


 令和元年10月13日 日曜

 

昨日の大雨で、檜原村の川は、どうなってしまったのだろう。
すごく気になる。
溢れて浸水したら、家全体がカビて、住めなくなってしまう。
山側に住んている人はいいけれど、川の縁にお家がある人は、よほど床を高く造らないと、対処できないと思う。
どのようにしているのだろう。
気になってしまう。


令和元年10月14日 月曜

 

かなり前のことだけど、外国人4名連れて檜原観光の時にみんなで出かけて、温泉に入った。滝の後、お豆腐屋に寄って、おやつを食べた。

私はドーナツだからよかったのだが、友人がお豆腐を買った。

お豆腐自体には味はないから、お醤油をかけて欲しかったのだけど、「お豆腐は売るけど、お醤油はかけてあげない、お醤油が欲しければ1本買え」と言われたので、お醤油を檜原村で1本買っても仕方なく、友人は泣く泣くまずい味無し豆腐を全部食べた。

これで、せっかく温泉や滝の綺麗な景色で思い出を作ったのに、檜原村のいい印象が吹っ飛んだ。

この人は米国人で、日本には英語の教師として来ていて、帰国前最後の旅行だった。

帰りの車の中でも、ずっと、そのお豆腐屋さんがお醤油をかけてくれなかったことを文句言っていた。

あーあ、やってしまったなー、お豆腐屋さん。

日本人として恥ずかしい。

私がお豆腐屋さんを経営していたら、お豆腐買って下さった方に、「御自由にお使い下さい」と言って、気持ちよくお醤油使っていただいたのだけど。

そのことがあったので、あれから何度も檜原村へ行ったけど、ここのお店には寄らないで、他のお土産買って帰ることにしている。

先月行った時も、お豆腐屋の前を通ったけれど、スルーした。

今でも、お醤油かけてあげないで、「醤油欲しけりゃ1本買え」みたいなビジネスしてるのかなあ。

村役場の人にクレーム送ったから、改善されたのかな。

最近行った人いたら、教えて欲しい。


令和元年10月16日 水曜

 

檜原村へ行こうと思って、いくつかの用事を済ませて、でも、まゆみさんのことが心配でちょっと病院に寄ったら、まあ、容体は落ち着いているし、私を見て微笑む余裕もあったから、これから戻って荷物を持ったら、檜原村へ出発と思って、家へ戻る。
何かを食べた拍子に、左下のインプラントの歯が取れた。

あ、一泊旅行どころではない。

宿泊施設の予約しなくてよかった。
すぐに歯医者さんの予約をして、今日すぐに、診ていただくことになった。
やっぱり、歯って、基本だから、これがちゃんとしていないと、どこかへ遠出するということはできないし。
な訳で、今日は、歯医者。

檜原村へは、明日出発しよう。
ところで、先ほど母方の叔母である通称ふうばに、

「檜原に住もうかなと思って」と言ったら、

「そんなところ行かないで、うちにいらっしゃい。下の階、全部使っていいから」なんて言う。

横浜市戸塚区で、田谷の洞窟の近く。
猫4匹もいるのに、そんなこと言ってくれるふうばは、女神様。
というか、ふうばのところにいる猫は、うちから行った、ふうこちゃん。
先週天国へ行ったレニちゃんと一緒に、江戸川捨て猫里親センターから一緒に到着したお仲間猫。
そうか、いきなり檜原村へ行かなくても、しばらく、ふうばのところにいようかな。
だって、お庭広いし、猫連れてっても何にも言わないし。

駐車場もあるし。

 

檜原村は、ふうばのところから様子を見ながら、何度か通いながら、だんだんに決めていけばいいし。

というか、全面的に檜原村へ行く必要もないのかも。
まあ、週末ゆっくりくらいの感じ。 

ともかく、明日、檜原村へ行ってみよう。
と思って、檜原村役場に電話をしたら、道路が崩壊して通れなくて、林道を回らないといけない。

林道には、街路灯がなくて、復旧作業はいつ終わるかわからないとのこと。

観光客はいつから受け入れますかという質問にも、わからないと、答えるだけ。

檜原村のウェブサイトには、何も書いていない。

台風が来る前の日に更新したきり。
台風が来る前のことより、来た後、どことどこで災害が起きて、どうなったのか、これからどう復旧して行くのかの方が大切なのに。
どういう人が責任者なのだろう。

これでは、村の人たち、飲食店や宿泊施設、運営して行かれないでしょ。

貧しいのは、行政の責任かもね。村の人がどんどんビジネスできるような環境づくりしてあげないと。

役場の人は税金でお給料もらっているからいいでしょうけれど、村の人は、自分の力で小さなお店を細々とやって行くしかないのだから。

あーあ。

都内なのに、すっかり地方の寒村レベル。気の毒すぎる檜原村の都民。
この人たちからは、住民税取らない方がいい。
可哀想すぎる。

東京都は十分儲かっているから、その上がりを檜原村に回してあげればいい。

税金年金保険料、一切取ってはダメ。
23区は儲かっているから、そこから回せばいい。

思うのだけど、税金ってそういうためにあると思う。
多くあるところは、少ないところに回す。檜原村は美しい自然や伝統文化を一生懸命に守ってくれているのだから。


令和元年10月17日 木曜

 

檜原村へ行く代わりに、横浜市戸塚区のふうばのところへお泊りに。
広い。ちゃんとしている。

お庭もいい感じ。

土偶と埴輪を10個運んだ。あと23個。

高台だから、川の氾濫と関係ない。

檜原村は、戸塚の家が落ち着いたら、ふうばを連れて、車で、いい温泉旅館へ行けばいいのではないかと思う。

あの村だから、高級だと言ったところで、大したことないから、お客として行けばいいだけ。
やはり、檜原村は、休暇の時に観光客として行けばいいのでは。

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檜原村体験続く



うちの子

カール大帝とブリュンヒルデの双子猫。

この子達の可愛さといったら、もう、言葉では言えない。
赤ちゃんだったのに、大きく立派に育った。

だけど性格は、甘えん坊の赤ちゃんのまま。
「抱っこ、抱っこ」と甘えてくる。

ずっしりと重くなった。