お庭。市谷砂土原町に来て、土のお庭と出会えた。幸せ。

縄文土偶と弥生埴輪でつくるマイ兵馬俑。

都心の真ん中に、土の庭が欲しかったので、期せずして、神様からこれを贈られた私は、やはり、正真正銘の幸せ者なのだと思う。神様に感謝。考古学者の亡父亘さんに感謝。

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縄文は1万5千年前からある、世界で一番古い文明。

東国縄文文化圏と西国弥生天皇文化圏で日本は構成されている。

 

 

土偶と埴輪合計33体で開始。

 

亀ケ岡遮光土器:青森、宮城、富山など7県から出土している。非常に似ているけれど、形が少しづつ違う。宇宙人が降り立った縄文県の人々は、縄文文化後継者としての誇りが感じられる。これが縄文文化と無関係に育った西日本人との大きな違いだろう。
縄文のビーナス
ビーナス
合掌土偶
仮面土偶
ハート型土偶
筒型土偶
叫ぶ人
鎧兜に身を固めた武人
馬:出土県によって、馬の形が違う。



振り向く犬
踊りをする人物
子守をする人物
正装の女
太刀を持つ女子
短甲武人
鷹狩りをする男
鷹匠
桂甲の武人

 

今度暇を見つけて、どこどこの出土だのと、説明をつけないといけないけれど、それは、そのうち、時間が取れてから。

庭で見た作品の由来を調べるだけで、考古学の勉強になる。
これらは紫綬褒章、文化勲章を受けた人間国宝の大塚氏が焼いた作品。
後継者がいなく、お年を召していることもあり、現在は製作を辞めてしまった!!!

なんという国家的損害!

米国から武器買うお金があったら、土偶埴輪制作の専門家を育てろと言いたい。

このような専門家を育てるには、時間がかかる。

でも軍用機1機分の費用で、数百名の巨匠と専門家が誕生するのではないか。

遮光土器の本場青森県の巨匠も同様の状態。
数千年前から今に伝わる土偶や埴輪を作る担い手がいなくなったら、
このような文化はどのようにして次世代に伝わるの。
私は、生まれ変わったら、土偶や埴輪を製作する人になりたいと思う。
各地で出土した土偶や埴輪を詳細に比較研究して、
自分の手で製作することで、この国の文化に貢献したい。
5−6体は、静岡県の世界考古学研究家の林博司先生に献上したが、益子町へ足繁く通って、買い集めた数年前のあの頃、もっとたくさん買い集めておけばよかったと思う。

あの時は、時が来たら、また買い足して、50体くらいにして、兵馬俑をつくろうなどと考えていたけれど、製作者の年齢を考えたら、その時に、店中のものを買い漁るくらいのことをしていないとダメだったのだ。
全てのものには、「時(とき)」がある。

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殺伐とした新規に始めた庭には、鉢植えの笹しかなかったけれど、3月の半ばから、徐々に土の中から今まで眠っていた子達が目覚めてくれた。りんごの木や、ヒヤシンス、チューリップ、桜が蕾をつけ、椿が咲いた。これからの季節、掲載する植物が増えるだろうから、そのうち植物は別ページに掲載しようと思っている。(30年3/27)


四谷のお庭:懐かしい。つい最近のことなのに、何か、大昔のことのように感じる。