世界で踊る 私たちの踊りを見たら日本が好きになる  踊りで世界を平和にする

1994年、湾岸戦争後のイラク、バグダッドの小学校で子供たちに囲まれて。

というか、全員子供に見える。

この年、北イラクの古代ローマ時代の遺跡で、踊った。

サダムフセインたちがまだ生きていたから、サダムの弟とツーショットした。

イラク大使が用意して下さったこの旅でアラブが大好きになり、翌年もまた行って、シリアとイラクで踊った。

ダマスカスの同じホテルに、ちょうどシリア訪問中の日本の首相が50名のSPと一緒に泊まってた。朝食の内容が急に良くなった。

人生っておもしろい。

だから、踊りは楽しい。


「珍道中、海外公演奮闘記」 インド西ベンガルの巻 2016年

 

平成28年 インド西ベンガル州チャンドラナガル  聖ヨーゼフ学校

インド公演については、以下を参照。

写真集

感想集

インドの舞踊指導者スブハジット・ダス

スブハジットYoga講習会 「ベンガルの星」来日記録


日本国内では外国の踊りを、外国では日本の踊りを踊る。

日本国内で踊る外国の踊りは、もちろんジャズが多いけれど、米国の踊りばかりをやるわけじゃない。だって、米国は、世界170カ国の中のひとつだから。

世界のいろいろな踊りを踊ることで、一人一人が自覚して世界平和をつくっていく。

世界の平和をつくるには、政治家より芸術家の方が向いてると思うのだけど。ね。


「珍道中、海外公演奮闘記」 米国ミルウォーキーの巻 2015年

平成27年11月ミルウォーキー日本まつり

世界各地で日本まつりが開かれているけれど、これまで私たちが参加したのは、ほとんどが国際フェスティバルか、単独上演で、日本まつりはミルウォーキーがはじめて。

ミルウォーキーに20年前から住んでいる父方の従弟、義明さんが、日本人会の会長をしていることで、たまたまお話をいただき、参加させていただいた。

 何百平米あるかわからない広大な義明家のあるこの地域は、柵もなく、安全な高級住宅街。あまりにも一軒が大きく、お店屋さんへ行くのが、とても大変そう。

ここはドイツ、オランダ系の移民が来てビールを生産している土地で、白人ばかり。黒人がぜんぜん見当たらない。

日本を離れたミルウォーキーの日本に対する思いに、ウルウルすることが多々あった。


これまでの海外公演実績について説明したいけれど、そのうち、ぼちぼちと構築していかないと。

踊りっぱなし、やりっぱなし、次にやることだけが大切、だから、もうやったことに時間が使えない。

本当は、これまでやったことこそ自分の人生だから、とっても大切なのに。


メキシコ グアダラハラ 2006年

この時は、当時文化庁にいたクリストバルが、文化庁主催夏期舞踊学校の担当3名のうちの一人だったから、実現した。

クリストバルは、日本で私たちの本番を何度か見ていたから、私がどういうことをやるのかわかっていたので、楽しかった。

ジャズダンスクラスのメキシコ人たちに着物を着せて、20名で『川の流れ』をやった。

男性が足りなかったから、女性も数名サムライ役をやった。

この時に初めて、1番で芸者、2番でサムライ、3番ペアのレビューという形式が確立した。

メキシコ編


スリランカ

 

政府軍兵士病院慰問。

当時、政府軍は、北部のタミールタイガーと闘っていた。

実は大変なことが起きてしまった。ソニーのデジカメを置いてきてしまった。どこにかというと、一番可能性として考えられるのは、ホテルの朝食レストラン。

だから、上演時の数々の貴重な場面が全然残っていない。全員誰も足がない観客の前で踊ったのは初めて。信じられない。かなり遠くまで行って、田舎の舞踊教室のみんなとも交流したけれど、それらの貴重な記録もない。

一体何をしに行ったのかと思うけれど、アーユルヴェーダを楽しんだ。でも無駄でなかった。傷痍軍人さん達との時間は衝撃的だった。現在進行形で戦時中の人たちだった。


スリランカ 

 

いつもながら、瓢箪からから駒がという感じで始まった海外上演だった。

国立劇場オーディトリウム。隣では日本大使館主催のおまつりが開かれていた。

国立舞踊団の団長「マリカさん、『川の流れ』以外に、即興で1曲踊ってくれますね」

マリカ「ええ、団長さんの息子さんと一緒に踊らせていただけるなら」

国立舞踊団の団長「デイシャ、マリカさんと踊りなさい」

デイシャ「はい」

マリカ「自由を謳歌して踊っていてね。

私が出て来たら、魔法をかけられたみたいに、見つめて追いかけて。

捕まえて欲しいけれど、逃げるわよ。最後に捕まえて。愛し合うのよ。

でも、あなたは死ぬわ。私は、先の道を行くから、そこに死んでいて」

デイシャ「うん、わかった」

上演は上手くいった。まさか、実人生で、この人と結婚して、踊りと同じことが起きるなんてその時は知るすべもなかった。


シリア ダマスカス 1995年

やったね、国際交流基金助成公演!

いやあ、ドミニカ共和国以来。

毎年、身銭を切って海外公演している成果が実った。

今回は、シリアで上演した後、シリア側からヨルダンのアンマンに入り、そこで「イラク怖い組」を降ろして、「決死隊」だけが、イラク入り。

そうよね、全員をイラクに行けとは言えなかったので、みんなには、アンマンや死海で観光しててもらった。今ならこんなことできない。

平和で楽しい時のシリアで公演ができ、各地を旅行できたのは本当によかった。

在シリア日本大使館大使主催晩餐会に招かれた。こういう時には、みんな着物で行かないと。

 

イラク バビロン 1995年

バビロンの劇場で、イラク国立舞踊団のメンバーと。

イラクの人たちは、龍が登場して、口から火を吐く演目をしていたのだけれど、途中で、火が衣裳に燃え移ってしまい、客席中大爆笑になり、大スペクタクル叙事詩が、大変なことになってしまった。

練習の時、いちいち火を使ったりしてやっていなかったのだと思う。

だって練習の度に、龍を燃やしてしまうの、いやですものね。

オサマのおとうさんが、私をあちこちに連れ歩いてくれた。

お陰でウルの古代遺跡観光に参加できなかった。うーん、また行かないと。


チュニジア 1994年

二度目のイラク公演の帰り、ヨルダンのイルビットで知り合ったオサマは、サダム政権下の教育大臣、アルラウィ博士の息子だった。

そんなこんなで、なぜか、チュニジア公演が実現した。

サハラ砂漠を見てみたかったから嬉しい。

フェニキア人の都、カルタゴがあったところ。

踊って、古代遺跡を見て、いい男に案内してもらうというのが、海外公演の三点セットになってしまった今日この頃。

カルタゴフェスティバルの舞台は広かった。楽屋でオサマと猫姫と。


マレーシア 1994年

マレーシアは、本当は行くはずだった米国人グループが、入国管理局によって日本に入国させてもらえなかったから、急遽その穴埋めということで、私に話が来た。

忍者のチームも一緒だったから楽しかった。

あの時代、原宿の歩行者天国で踊っていると、外国人のプロデューサーに声をかけられて、海外上演の話が舞い込むような、楽しい時代だった。

マレーシア航空大阪直行便就航記念イベントの催事。

背景に大阪城を作った材料は、発泡スチロール。きれいだった。

チュニジア公演チームが参加。


イラク ハトラ 1994年

サダム・フセインの弟とツーショットした。

そばに軍服を着たSPの人がいたけれど、微笑んでいるだけで、誰も止めなかった。

楽しい思い出をたくさん作った。

古代ローマ劇場で踊ったのは、本当に感動的。

帰国して、外務省の中東課の人がうちにいらして、いろいろ聞きに来た。それはそうだろう。だって、あの頃、パパブッシュの湾岸戦争の時だったから、日本とイラクは正式な外交関係がないのに、入国したのだから。

アンマンから車で入ったのだから、別に問題ないのだけれど。

あの時はまだ、『川の流れ』を女性舞踊として踊っていて、今やっているような、途中から男性の扇子舞踊の『忠義桜』、最後の章を男女ペアダンスにする構成にはなっていなかった。

『愛燦々』もやった。情報省のカマールさんと仲良しになった。


ドミニカ共和国 1992年

私「外国人の主人と離婚したいのです。お宅のお国でしたら、配偶者の了解を得なくても、片方が申し立てをすれば離婚できると伺いました」

大使「フランクシナトラも、マイクタイソンも、エリザベステイラーも、みんな我が国にやって来て離婚しました。離婚なら我が国に任せなさい。で、あなたの職業は」

私「舞踊家です」

大使「それなら、我が国の国立劇場で踊れるように書類を書きましょう。おいで下されば、離婚と上演が同時にできますよ」

国際交流基金助成公演。


フランス 高ロアール州ルピュイ 1990年

この年は、ベルリンの壁が崩壊して初めての国際フェスティバルだったから、自由を手にした旧共産国の踊りがすごかった。

ラトビアとか、ルーマニアと合同公演を持てて、本当に嬉しい。

言語も文化も舞踊も音楽もあるけれど、独立していない団体が来ているのが、このフェスティバルのおもしろいところで、オリンピックのように、国という単位ではない。

旧フランス植民地のルイジアナが米国代表で来ていた。

レースの産地の高ロアール州のル・ピュイならではの、にくい演出。みんなが紐を持ってレースを編みながら、ラベルの『ボレロ』の曲で、ついにレースが編み上がってしまう感動的なエンディング。


スペイン カタルーニャ ブラネス 1999年

スペインというより、カタルーニャ。

下山君の初めての海外公演参加。

これが、下山君が闘牛士になるきっかけをつくってしまったことになる。

昨年のメンバーが良すぎた。今回は、自分たちの手持ちでやらないといけない。

船川先生がお弟子さんを連れて、再度ご参加下さったのは、本当に嬉しい。

昨年のスイスでは、もうできあがったちゃんとしたものを並べただけだったけれど、今年は、一からつくったので、大変だった。

でも、メンバーさえ良ければどうにかつくれるから、次回はこうしないといけないという反省いっぱいの旅。

ブナネスから汽車でフィゲレスに行き、サルバドール・ダリ博物館へ行く。

フランス側カタルーニャというか、カタランのペルピニャンで楽しく過ごした。

子リューまで通常なら車なのに、下山君の運転する自転車の後ろに乗って、行ったのは、楽しい思い出。今考えると思い切り笑える。


スイス フリブール 1998年

初めての海外公演。

劇団NLT川端慎二さん、日本フラダンス協会会長マリアニーノ先生、生田流お琴の師匠船川久子先生らが、それぞれお弟子さんを連れてご参加して下さった。

まだ、自分の上演スタイルが確立していなかったから、いろいろなものを、バラバラに並べて上演した。

この公演、実は、私がギリシャへ遊びに行っている間に、一度キャンセルされたのに、ニューヨークのベルゴーフェンが掛け合ってくれて、上演にこぎつけた。

それなのに、私はスイスで運命の人と出会ってしまった。 

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和風ダンス上演メドレー:クリック!

作:きびだんご

 

感想:

     The video was very interesting to see all of the different types of costumes, I really enjoyed it. (Scotland)

 

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Date: 2015-12-07 11:45 GMT+09:00
Oh, it is so nice and beautiful, thank you so much Marika-san.
Best regards,(タイ)

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日付: 2015年12月7日 11:56
マリカさま
これこはこれは。新作の動画ですか。
先生の新刊・既刊のページに、動画をリンクしても良いでしょうか。

 ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ 

日付: 2015年12月7日 11:53
ありがとうございますm(__)m
素敵です!!

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日付: 2015年12月7日 12:10
素晴らしい踊りです。インドの方が目を見張るでしょう。
この衣装を現地で調達するのは無理で
すよね。
猫ちゃんは、都知事に立候補された方ですか?

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Date: 2015-12-07 14:52 GMT+09:00
Hello, Marikasan!!! Thank you for video! It's very nice video!

You did a lot of stage performances of Japanese dance! Fantastic! (ロシア)

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日付: 2015年12月7日 15:10
楽しそうなお写真ありがとうございました。

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日付: 2015年12月8日 17:44
わー❗️ マリカさんは日舞もされるんですね?
私の実家は呉服屋だったので、着物には興味があります。
こちらにいると、浴衣でさえ着る機会があまり無いのですが、、、
今年は暖冬で、今日は海に浸かってきました。

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